2009年1月20日火曜日

行き帰りのチャリンコの上

 
Man's BrainMan's Brain by Debbi in California

脳のシステムを数理的な表現で理解したいということは,神経科学の研究を始めた頃から思っていることだけど,

Natureに載っている研究を見て,例えば注意の機能がうまく説明してあって,おもしろいと思うと同時にすぐ忘れてしまう.

対象の機能が解明されただけだと,あんあまり感動しないというか,先が見えるというか,自分の問題として考えられないというか,

脳で起こっていることを理解したいと思っているのだけど,それは物質的な!?対象として単に興味があるというよりは,

脳をどうやって理解するか,その方法論を考えなければいけないところが,脳以外の他の対象より脳がおもしろいと自分が思っている理由だろうなあ.

解決しなけりゃいけない問題ってのは計測の限界とかについてではなく,仮にすべてのニューロンの活動が全脳で計測できたとしても,脳のシステムを理解する,表現するには方法を考えなければいけないだろうってことで,

「神経細胞レベルのミクロなシステム」と「認知とか心理で議論されるマクロなシステム」は溝があって,階層性がありそうな気もする.

言語野とか顔領域とか機能局在が語られる一方で,視覚に障害がある人が点字を触るに視覚野が活動するとか,混乱することもある.

(脱線するけれど,)これについては言語とか顔とか視覚とか心理学の表現を用いているからうまくいっていなくて,健常者の視覚情報処理,障害者の点字情報処理が共通に持っている特徴をうまく表現しないいけないんだろうと.

脳のデザインはどの程度決まっていて,逆に言えばどの程度柔軟性があるのか.

最近は昔ながらの制御理論も確率的(情報学的!?)に表現されてるけれど,もう少し体系的に整備したら,運動を制御している脳を考えるには見通しがよくなりそうだし,

あと,一番問題なのは,感覚のフィードバックがあってそれに合わせて脳が変わっていくって事.

生きている環境にうまく適応するというか,環境に染められちゃうというか,

計算論は必要だよなぁ※,

普通なら,変化している対象だとしても例えば時間発展の微分方程式という表現にうまく固着して,つまり上手に変わらないモノとして表現しているわけだけど,

脳を表現するのに,それでうまく表現できるのかな.

脳が変わっていくということにも,発達,学習,可塑性というように階層性があるだろうし,

結論,脳のシステムには大きさと時間発展に階層性がありそうで,それを「うまく」表現しなければいけないのだろうな,

そんでもって,もちろんそれは確率的に表現される,

どう,うまく??

どんな実験を重ねればいいのだ??

ということが,最近,大学への行き帰り,チャリンコをこぎながら想い出されることで,

脈略がなく想い出されるので,自分のために並べ直してみた.

夜中のチャリンコは,サムクテ鼻水がタレル.

 

1 件のコメント:

ShIka さんのコメント...

PS. ※
脳を理解したいのだけれど,環境に適応する脳を考えるのならば,脳を見ずに環境に目をやって,その環境で行動とか認知するのに必要な事は何かってことを考えなけりゃ.それが計算論で,理論屋さんの出張るとこ.計算論を考えるにしても,大規模で多変量なデータなんかをヒトの脳だけでは把握できないから,シミュレーションとか計算機に手伝わせる技術が必要なんかな.もちろん,環境を考えた後は脳に帰ってきて,その理論が正しいか実験.

PS.PS.
多次元に階層性のありそうな対象って脳以外には何があんのかな,両手におさまる範囲の対象で.

PS.PS.PS.
自分が経済に興味をもつのも同じ理由だろうな.