2008年8月25日月曜日

【論文】ヒト視覚における限られた作業記憶の動的な配分 Bays2008

Dynamic Shifts of Limited Working Memory Resources in Human Vision.
Paul M. Bays and Masud Husain
Science 321, 851 (2008);


概説
これまでの変化検出タスク(change-detection task)では,3,4個の物ならば,100%に近い正解率で被験者が解答できるという報告がなされている(Item-limit model).しかし,それは離散的な個数として決まっているわけではなく,作業記憶(working memory)の資源を動的に変化させることが可能で,作業記憶資源の配分によって正解率も変化すること(Dynamic allocation model)を示唆する論文.また,その配分は注意によって変化させることができる.概念的なモデルはSupportig online MaterialのFig.S1が端的でわかりやすいです.

感想
変化検出タスク(change-detection task)で,変化に量の要素を加えたのはうまい実験だと思えました.導いている結論は,提案モデルであるDynamic allocation modelと旧来のモデルであるItem-limit modelを明示的に比較していないので,提案モデルを検証したことにはならない気もしますが,データをみると明らかであるのかな.たとえば,旧来のモデルだとFig.3Bは4つ目までは高い正確性で,5つ6つになると急激に正確性が減少する図になるでしょうから.後半の主張である注意によって作業記憶資源の配分が変わるというのも,以前に研究がされているらしいので,新しい結果ではないようにも...

結論の新規性やオリジナリティーについて,なぜサイエンスに採択されたのか疑問の余地がありますが,実験課題に工夫されていて,知らなければ結果もおもしろいです.

図は,同じ結果を示していることが直感的にわかる図が2つ,3つ並んでいて,とても冗長な気が...これくらい丁寧な方がいいのかなぁ.


以下,図の説明を中心に詳細.

Fig.1
心理物理実験のタスク説明.
 Location task.(Fig.1A)四角で表された固視点と複数個(1,2,4,6個の場合がある.)の視標が表示(sample display).Blank画面が500ms表示.最後に1つの視標が表示された(prob display).その視標はsample displayに表示された視標のどれかであり,それが0.5,2,5 degだけ左右に移動している.被験者は視標が左右のどちらに動いたか2択で回答する.
 Orientation task(Fig.1B,正確には,論文のこの図では後述するsaccade conditionを説明している.)タスク進行はLocation taskと同じであるが,視標が矢印になっており,prob displayでは矢印が5,20,45 degで回転している.被験者は時計回り,反時計回りのどちら回りで回転しているか回答する.
 上記の2つのタスクに,saccade conditionがある.
(Fig.1B)固視点から1つの視標にサッカード(急速眼球運動)させると,Blank画面が表示され,サッカードした視標以外の視標のどれかについて,左右もしくは時計・反時計回りを回答させる.

まとめると,Location task,Orientation taskの2つあって,それぞれにFixation conditionとsaccade conditionがある.2x2の4種類のタスクを行っている.

Fig.2A
視標の数(つまり,記憶しておく視標の数)と正解確率の関係を表した図.
2x4の図の行列の上段がLocation taskの結果,下段がOrientation
task.列の左から視標が1,2,4,6個の場合.図の中で赤線がsaccade condition,黒線がfixation condition.図の横軸は被験者が解答する視標が移動(回転)していた量.
  1. 各図でfixationとsaccade taskに差はない.つまり,眼球運動の影響,効果はない.
  2. 視標が移動(回転)していた量が大きいほど,高い確率で正解している(PS.右もしくは時計回りに「回答」した確率を書いている.つまり,確率0ということは左(反時計回り)だと被験者は回答しているので,横軸マイナス方向では確率0に近い方が高い「正解」率であることを示す.PS.PS.ここまで丁寧に書くと逆に混乱する気もしてしまった.)
  3. 視標が増えるほど,低い正解確率になっている(ガウス分布だと考えると,分散の大きな分布になっていることがわかる.cf. Fig.1B,Fig.3C)

Fig.2B
左がLocation task,右がOrientation task.各図,横軸が視標の数,縦軸は正確性.PS.正確性は視標の移動(回転)量の逆数なので,-5 degならば 0.2となる.視標が増えるほど,正確な検出が出来なくなっている.PS.AもBも表現を変えただけで,同じ事言っている.

Fig.3A
作業記憶資源配分と正規化した正確性の関係.べき法則で作業記憶資源の配分が大きいほど,正確性が大きくなっている.
PS.横軸の作業記憶資源の配分は,視標の個数の逆数.横軸は1/6,1/4,1/2,1/1にデータがある.正確性は視標1個だけのときを1とした正確性.

Fig.3B
視標の数と正規化した正確性の関係.視標の数が増えると,指数的に正確性が現象するという結果.
PS.Fig.3Aの焼き直し.これなくてもわかるだろう...Fig.1Bもあるし.

Fig.3C,D
視標変化量と回答率の関係.移動(回転)量をσという単位で抽象化して,点線が今回の実験で最も小さい変化量に相当し,破線が最も大きい変化量に相当する.Fig.3Bのグラフをσを変化させたときの理論値と今回の実験での値を示している.変化量が大き(6σ)ければ,視標の数が12個と多くても正解率は8割以上であり,逆に変化量が小さ(σ/4)ければ1個でも6割程度の正解率になるということが理論的にわかり,実験データも近い?あたいを示している.

Fig.4A,B
注意によって作業記憶資源の配分が変化することを示した図.左列がLocation Task,右列がOrientation task.視標の1つを他の視標と変えて(flash,colorなどの手がかり),注意が向くようにしておく.手がかりがあった視標(実線)は,手がかりのない視標(破線)よりも有意に高い正確性で回答していた.

Fig.4C
視標を系列的にサッカードしたときの作業記憶の配分.
中央に1つの視標,その周りに4つの視標が配置されており,被験者は周りの視標を順にサッカードしていき,最後に中央の視標にサッカードする.4つの視標にサッカードした時点で,Blankが入り,5つ視標のうちのどれかが変化している.被験者は,変化している視標にたいして左右(時計・反時計回り)を応える.

この結果,ブランクが入った後の視標である5つ目の視標を最も正確に答えられた.4つ目も直前に見ていた視標にもかかわらず,正解率は小さかった.つまり,注意が向いている5つ目に多く作業記憶の資源が配分されていたのだろうという結論.
 

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