2009年6月29日月曜日

【論文】ヒト海馬におけるニューロン集団の解読

 
Decoding neuronal ensembles in the human hippocampus.
Demis Hassabis, Carlton Chu, Geraint Rees, Nikolaus Weiskopf, Peter D Molyneux, Eleanor A Maguire.
Current biology : CB (2009) vol. 19 (7) pp. 546-54

海馬のfMRI脳活動データから被験者がどこにいるかをクラス分類した研究.識別率(クラス分類成功率)を評価指標にして,チャンスレベルより高い識別率であれば,選択したボクセルは位置の情報を符号化しているだろうという論理.Harrison & Tong 2009(以前に書いた記事)でも用いられた論理で展開されています.

今回登場する脳領野は海馬(hippocampus)と海馬傍回(parahippocampal gyrus)です(海馬傍回 by wikipedia の右にある図は位置を把握するのにわかりよいと思います).

ところで,この論文を一読した時,またまた,この方法は科学的な検証手段として妥当なのだろうか?というのが僕の疑問でした.それについては,論文の要旨を説明した後で.今回は特に,実験,解析,結果から何がわかるかだけ議論したいので,著者のIntro,Discussionは基本的に触れていません.検証しようとしている仮説自体は,重要だと思わなかったですし.

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Figure 1. 実験課題.
被験者はVirtual Realityの世界で移動します.移動は,前進む,左に向く,右に向くの3通りで,対応したボタンを押せば移動できる.

A.青と緑の2つの部屋があります.
B.それぞれの部屋は,スタートもしくはゴールとなる位置A-Dの配置が異なっていて,ゴールの位置を特定する手がかりとなるドアや椅子,写真,置き時計の配置も異なっている.
 被験者はゴールとなるA-Dのいずれかを実験者から提示され,そのゴールを目ざす.試行の最初は5秒からのカウントダウンがあり,数字で表示され,カウントダウンの後にゴールとなる位置A-Dが文字で表示される(C).スタートの位置はゴールとは異なる位置です.被験者はゴールに達したら,たどり着いたことを知らせるボタンを押す.そうすると画面は,ちょうどVirtual Reality内で被験者がお辞儀をしたような視覚提示となり,つまり,前を向いた画面からなめらかに床の絨毯の画像へと移ります.Cのような青い絨毯の画像になる.スタート位置からゴールにたどり着くまでが,1試行.試行の最後,絨毯の画像が提示されているときの脳活動をその後の解析に用いている.つまり,どこの位置がゴールだとしても視覚刺激としては同じ条件になるわけです.
D.青と緑の部屋の試行はブロック課題で構成され,ブロック内では2−4試行行われる.青部屋ブロック,緑部屋ブロックの順番はランダム.


Figure 2.
A.(省略)
B.側頭葉を含む白枠で囲われたところ範囲が解析に使われる部位.fMRIは3Tで1.5x1.5x1.5 mm^3のボクセルで計測されています.
CDEFG.
この後,同じ部屋(ブロック内)で異なる2つの位置を識別するデコーダー,4つの位置を識別するデコーダー,ブロック間(青部屋と緑部屋)を識別するデーコーダー,3つのデコーダーをSVM(Support Vector Machine)で構成します.また,それぞれ,識別率が最も高くなるように白枠の範囲からボクセルを選択(ボクセル数,ボクセルの組み合わせを決定する.もちろん全探索ではないと思う.)しています.

Figure 3.
2つの位置を識別するデコーダで,チャンスレベル50%の識別率を超えたボクセル群が表示されています.選択されたボクセル群の多くは海馬(hippocampus)にあります.

Figure 4.5.
Figure 3と同様に,それぞれ4つ位置識別で選択されたボクセル,ブロック間識別で選択されたボクセルです.前者はFigure 3と同じく海馬に選択されたボクセルがあり,後者は海馬傍回(parahippocampal gyrus)に多くある.

ちなみに,ここで得られた結果は,従来のfMRI解析である一般化線型モデルの解析では得られなかったと書かれています.新しい方法だからこそ得られた結果だったわけですね.

以上が,実験,解析,結果です.
  
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Multivariate pattern analysisと呼んでいるこの研究での解析方法は,次の3つのことを使って検証している.
1.予測精度を評価指標とする.
2.予測の方法はクラス分類.
3.チャンスレベルを有意に超える予測に貢献したボクセルには情報表現有り.

1.に関しては以前も書いので省略.
2.に関しては,思いつきですが,厳密に言えば「位置のクラス分類に最適な情報 ≠ 位置情報」じゃないかということ.位置のクラス分類に最適な情報 ≒ 位置情報と考えてるのか.「予測」と同じ議論の展開になってしまうので,これ以上は省略.
3.に関しては,チャンスレベルより有意に高ければいいのかな? ということ.
脳活動のデータは,あれだけ至るところでつながっていれば,いろんな事象と多かれ少なかれ相関するだろうと思っています.だから,「相関が0ではない=相関がある」とは感じないのですよね.「チャンスレベルを有意に超えれば良し」という基準は,それと似た感覚を受けます.これまでの神経科学で求められていた水準は満たしていると思いますが.「相関が0ではない」よりも強い検証だとは思いますが,直感との違和感は何かな??たぶん,単なる気のせい..

情報表現の存在については,クラス分類した場合,クラス分類に使われた情報が目的の情報(今回の場合は「位置」)を使っているかはクラス分類した結果だけでは保証できないので,それはいままでの神経科学と同じように綿密な実験課題をその保証としている.今回の研究では,視覚刺激は一定だから,考えられるのは位置の情報だけなので位置の情報表現がある,という論理ですね.

ところで,選択されたボクセルは「選択されたボクセルを用いれば,クラス分類できる.」というだけなので,もしかしたら「選択しなかったボクセルを使っても,クラス分類できる」かもしれないし,「選択されたボクセルにはクラス分類に不要なボクセルがある!?」かもしれない.というのも,各ボクセルの値は独立ではないように思うから.結局これもまた,神経細胞がいろいろなところでつながっているという直感から,そう思うのです.この研究でもある程度は調べられていますが,Figure 2,3.4の結果を断定できるほど強いことか言えるのか疑問.

ちなみに,この論文,「位置情報は1つのニューロンで表現されるのではなく,集団で表現される」という仮説を検証しようとしていました.今回の結果からfMRI脳活動データから解読できたのだから,偏った位置(anisotropic structure)に集団で表現されているということを述べています.クラス分類できれば上記の検証になるということは,自明ですかね? 確かに,それぞれの位置をコードするニューロンが全くの等方的分布(一様分布)だったら,fMRIデータからはクラス分類できないはずだけど...できないか?... できないか...

一読したところでは検証になっていないと思ったのですが,それなりに考えたら,これまでの神経科学の基準を満たす検証はできているのかなと思い直しました.

PS.
 このクラス分類の方法は,結局,脳地図作成の延長で,結局,情報表現のモデルについては実験の作業仮説だけ.研究結果から類推すると,青部屋と緑部屋は海馬傍回,各部屋での位置は海馬,というように階層的な位置表現になっているように思わせるけど,それについて実験課題以上の説明はできないし,実際著者も明示的には説明もしていない.部屋内の位置が連続的な表現なのか離散的な表現なのかもわからない.視覚や眼球運動研究における「位置」とは明らかに異なる表現だろうと想像するし,結局,この研究での「位置」って何?どんな表現?
 デコーディング研究がクラス分類にとどまらなければ良いなと思う.

PS. 2009/July/02
クラス分類で選択されたボクセルは,ボクセル内にクラス分類の対象となるニューロンがあるのでしょうか?たとえば,AとBのクラス分類ならば,Aを表現しているニューロン群とBを表現しているニューロン群が1つのボクセルに内在するということでしょうか.
 それともAとBをわける,フィルタのような情報表現のニューロンがあるということでしょうか?




 

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