2008年10月10日金曜日

無意識に過ごしているかもしれない普通

先週までの1ヶ月くらい,学術会議などに出た事もありますが,いろんな人に会いました.新しく友人になった人や古い知人にも.

研究室での人間関係だの,友人関係だのは精妙なシステムのバランスの上にあったりします.グループでつきあいのある友人達だと,中にうまくバランスをとっている友人がいたりするものです.時に,関係が悪くなりかけたりしたときなどは,そのシステムを意識して維持しようしなければ改善しようがなかったり...長らく会っていない友人達ではそれぞれがだいぶ変わっているので,ギクシャク,どぎまぎ,昔のように気のおけない仲間には戻れない事もあったり...仕方ないですね...

ところで,上記の事を考えていたら,視覚の事に連想が.

視覚は,視覚以外でもそうですけど,普段は無意識に見えているもんだから簡単な事のように思えるけれど,思うほど簡単なシステムではないはずです.視力検査で計測される所謂(いわゆる)「視力」があるのは視野の中心2度くらい(手を前に伸ばして指1,2本の幅くらいの視野角)で,10度も離れるとその10%程度しか見えていません.そうすると,見てから動き出すまでにコンマ数秒の遅れがある人の視覚眼球運動系では動いている物を追うには致命的な遅れになるので,予測が必要であったりします.また,視野の中心以外は急激に見えないので,サッカード(飛び飛びにうごく眼球運動)なんかした時には,世界は断片の集まりに見えてしまうはず.でも,心理的には,連続的な世界が普通に見えてます.網膜からの視覚入力がそのまま認識されるのではなく,うまく補完されているということです.僕がやっている事は基礎研究ですが,研究者でない方でも,この辺の話しをするとおもしろがってくれます.

まぁ,おもしろがってくれないこともあります.眼球運動の研究をやっていて初めて発表した会議の懇親会で,どこだかの医学研究者(その方はたぶん病理が専門だったのでしょう)に,「別に予測なんて無くても目で追えるでしょ,ほら,僕,見えるもん.」と言われて,苦笑するしかなかった記憶がありますが(内心,話しの通じなさにちょっとショック,唖然...).でも,脳で行われている計算処理がいちいち意識にのぼらないというだけで,システムは働いています.

人間関係と視覚のアナロジー(類比)では飛躍しすぎですが,そんな連想が僕の頭でされました.普段意識しない事にもシステムが働いていることはあって,それを知っておく事はおもしろいし,治す(直す)ためには必要だったりします.
 

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